有馬靖彦の
クラリネット吹きのひとりごと  2004

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2004 12月号

 周りに壁か張り巡らされている単純な景色の高速道路 を走
っていると運転するのが飽きてしまう。
 東名高速道路を走っていて楽しいのは晴れているとき だ。景色の変化と見慣れた風景は楽しみを倍増させてくれる。
 交通情報で悪名高い交通渋滞の名所「大和トンネル」 を過
ぎ、海老名サービスエリアを過ぎたころ右手に見えてく る丹沢の山々、大井松田ではドーンと富士山が目の前に飛び出してきて喜ばせてくれる。最初に海が見え てくるのは沼津の近くだ。富士川サービスエリアを過ぎトンネルを通過し少し走ると視界が開け、駿河湾の海岸線が現れる由比海岸を見ると桜エビのかき揚げて んぷらが思い出される。
 清水にある大きなタンクには「清水の次郎長」「三保 の松原」「天女の羽衣」の漫画が現れ、疲れてきた運転を楽しさに変えてくれる。
 演奏も楽しければ疲れは少なく、喜んでもらえればな おさら嬉しく、演奏者冥利に尽きる。またがんばろう。
2004 11月号

 台風22号は横浜でトラックを飛ばし重ね餅にしたがデキシージャイブも吹き飛ばされてしまった。
 横浜ジャズプロムナード2004関連企画の「リコーダーでスイ
ングしよう」で小・中学生と公開ワークショップをする仕事が流れて しまった。
 編曲をしてパート譜も作り、あとは当日楽しくリコーダーと共演す るはずだった。残念!ところが同じ企画が復活し開催されることになり嬉しかった。
 BankART1929から会場をクインズサークルに移して開か
れた。挨拶でメンバーのみんなには先生をつけて紹介したが、自分から先生と言ったことがなく、恥ずかしく先生と言えなかった。
「聖者の行進」と「星に願いを」をパート毎に分かれて、ソプラ
ノ第一は下やん(下問哲)が、ソプラノ第二は有馬が、アルトは上やん(川上健一)が指導し、合奏の練習をして本番に備えた。
 本番のステージでは、リズム隊がサポートし良い演奏ができて喜んでもらえた。
 子供達の純粋な気持ちが良く表れ楽しいワークショップを終わることができた。何かクセになりそうだ!
2004 10月号

 迷子三連ちゃんだった。佐久から川上村を通り信州峠 を越
えて増富ラジウム温泉へ向かっていた。
 国道145号を走っていたら川上村の標識を見付け、 左に曲
がり走っていると道は登り坂になりだんだん狭くなる し、どんどん山道になりやっと広い道か見えたのにT字路に突き当たってしまった。右か左かどちらに行けば良いの?最初の迷子だ。
 車も人も通らないので、誰かが来るのを待つことにし た。現在地が分からない。地図とにらめっこしていたら、やっと高校生と思われる青年が見えた。
「すみませ〜ん、川上村に行きたいんですが・・・」
「左に行けば川上村に行けますよ」
「ありがとう〜助かりました」
 だいぶ走り川を渡ったらまた突き当たってしまった。 感で右に曲がり酒屋があったので道を尋ねると、行きたいのは左だった。
地酒の「初鶯」を買い求め引き返した。
 3回目の迷子は、山の中で人影も無く、直進が瑞牆山、左
折は植林をした公園、また引き返しやっとのことで辿り 着けた。
 長い遠い迷子旅が終わりラジウム温泉に入れて良かっ た。

2004 9月号

 不老不死温泉の案内看板を右手に見ただけで温泉に入れず、二日目の宿に向かいジャイブ号のハンドルを握っていた。
 サマージャンボ宝くじコ ンサートで東北の五所川原、酒田、秋田へ移動中のことだ。最近ではめったにない強行スケジュールで前日に東京を発ち仙台で一泊した。朝早く出発し 五所川原でコンサートを終え、秋田まで行く途中の不老不死温泉に立寄る予定をしていたが、時間が無く陸奥の温泉を見ることも入ることも出来なかった。残 念!残念!残念だった。
 夕食に間に合い秋田のうまい地元料理に舌鼓を打ちながらの銘酒「山廃純米酒」「雪の詩」「出羽鶴」などの酒でおおいに盛り上がった。
 翌日の快適なドライブは途中で女鹿と云う地名に出会った。秋田県の男鹿には半島があるのを知っていたが、山形県の女鹿に入江があれば楽しいなーと思いつ つ走っていたが、近くに湾や入江があるのか無いのか分からなかった。
 バブルの頃みたいなスケジュールを無事にこなせたことに感謝し自宅で飲んだ久保田の万寿はうまかった。

2004 8月号

 撃ってきたらよけてくれ!えぇ・・・鉄砲の弾なのによけられるわけないだろうと思いつつ、トラックの荷台で寝そべって いた。小銃をガチャッとセットしトラックの警護する兵隊さんに言われたのだ。
 ベトナム戦争のとき、アメリカ軍の慰問で南ベトナムに行き長距離の移動は軍用機で、空席が無いときなどは飛行場のコンクリートの上で新聞紙を並べて寝て いた。空席が無いとまた宿舎に戻ったりし戦争していても空席待ちがあった。現地に着くと移動はもっぱら軍用トラックだった。
 戦地の夜は照明弾で昼間のように明るく照らされていた。南国は砲弾の音と、のどかな人たちと美しい街並みとのアンバランスがなんとも言えなかった。
 ステージはおおいに盛り上がりアンコール!アンコール!でいつも長い演奏になっていた。
 戦争の無い美しいベトナムにまた行きたいな。

2004 7月号

 旬のおいしいものを初めて食べたのは、<南里文雄&ホットペッパーズ>でクラリネットを吹いていたときの ように思われる。
 今でこそすぐに食べられる食材は多くあるが、当時(1962年)はまだなかなか街では食べられない物が多かった。
 ジャズ喫茶の演奏が終わると必ず一杯飲みに出掛けた。お酒の好きな先生にお供し、小料理屋でよくおいしい魚をいただいた。鯒の活き造り、甘エビのさし み、ひらめの縁側など初めて知った。
 ジャイブで演奏旅行に出掛け地元の地酒と旬のおいしいものと出会うとうれしくなる。冬の弘前で白子のさしみ、尼御前では越前蟹のさしみ、片山津温泉で食 べた子持ち甘エビのさしみなどの味は忘れられない。
 これからも旬のおいしいものに出会いたい。

【南里文雄】(1910〜1975)
 トランペット奏者。日本ジャズ界の草分けで特にデキシー界においては影響を受けたことのない人はいない。人間的にも音楽的にも素晴らしく後輩を育ててく れた。スイングジャーナル誌では"南里文雄賞"を創設しジャズ界の名手が多数受賞している。


2004 6月号

また珍道中をやってしまった。友人とのライブに行くのに「The Clarinet」(有馬の記事の出ている雑誌)を忘れてきたことに気付いたのは三島駅に着いたときだった。
すぐ交番に行き近くに楽器店があるかと聞いた。本町にあるが歩いて10 分位はかかるとのこと。タクシーに乗り楽器店からまた駅に戻ってほしいと伝えた。本を買い求めタクシーに戻ると
「三島駅で待ち合わせですか?」
「いや修善寺です」
「電車ですか?」
「はい」
「それなら三島広小路が近いですよ」
親切な運転手のおかげでひとつ先の駅から乗ることができた。伊豆市誕生 記念!お座敷ライブに招かれてのことだ。
ユニークなバンドのメンバーだ。「バンドは本業、バイトは会社」という 下水処理会社の社長がドラマー、その会社の社員がリーダーでピアニスト、ライブハウスのマスターがギターリスト、ベースプレイヤーは会社員。
主催者はベンチャーズが大好きな一品料理店のオーナーと歌も唄う奥さ ん。「どら焼き」屋さんのご主人がクラリネットで参加、クラデュオもあり楽しくライブは盛り上がった。
もちろん温泉も伊豆奥湯ヶ島で99.4度の源泉を持つ「蒸し湯」に入っ てきた。クラリネット一人旅を堪能した。


2004 5月号

春風に誘われて今年ほど野山に出掛けたことは何年ぶりだっただろうか。若葉の緑は微妙な色の違いがあり、濃い緑からうすく白に近い緑などさまざまだ。
桜や山吹などと野に咲くタンポポや色とりどりの野の花々が咲き誇りおおいに目を楽しませてくれた。
野草の味でも春を楽しませてくれた。自分で摘んできた「つくし」はキンピラ風に、「蕗」は煮物で、「のびる」はからし酢味噌和えにして、街で買い求めた 「ふきのとう」と「たらの芽」は天麩羅にし、「わさびの花」は三杯酢にして辛さを味わった。
竹林で老夫婦が筍を掘っていた。声を掛けて堀たての筍を分けてもらい、茹でる時に入れる糠を買い求め急いで帰宅した。
筍を茹でてから何種類かの食べ物にしようと考え、「さしみ」はもちろん「鰹節を入れた煮物」「魚卵との煮物」といろいろな味を楽しめ、特に日本酒との相性 は格別だ。
春だけに味わえる旬の味を堪能したが、まだ野生の芹は食べていない。
あぜ道に芹を摘みに行き、「おしたし」にして食べよう!   

2004 4月号

河童の神様が大和にいた。「かっぱ七福神」なる河童の石像が七体あった。かっぱ七福神は河童の姿をした七福神で常泉寺独特の福の神だそうで、河童の口に隙 間があり1円玉をくわえているようで何枚か入っていた。隙間に1円玉を入れて福が来てくれるように祈ってきた。
かながわの花の名所百選で、四季折々の花と河童で知られる常泉寺では「みつまた」の花が見頃との新聞記事を見て出かけた。
初めて「みつまた」の花を見ることができた。五、六十メートルはある参道の両側は、赤、白、黄色の「みつまた」が満開で、枝の先が三又に分かれていて小さ な花がついていた。
「みつまた」の後ろで恥ずかしそうに少しだけが咲いていた背の高い桃の花の列は、次の天下をとるのかと思いつつも足元を見ると河童が目に入ってくる。
寺のあちこちに河童の置物がさり気なく配置されていて、あまりの多さに驚いた。
河童は相手の心理を見透かす能力があり、ねばり強さ、あきらめない力、たくましい精神力があるそうだ。
あやかりたいものだ。合掌!

2004 3月号

こんな事もあるのだ。東名高速の事故で清水イン ターから出るはめになってしまった。自分から出た事はあるが、出されたのは初めてだった。
「最終出口で渡してください」と乗り継ぎ証明書なる紙切れをもらった。
仕事先に移動中だったら思うと、ぞぉぉぉとしたが、帰路についていたの で気楽だった。知らない所を見ながら一般道を走るのもこんな時しかないので楽しもうと車を走らせた。
由井のパークエリアでサクラエビのかき揚げ天麩羅そばが食べられなかっ たのは残念だが、それにも増してのんびりと雲もかかっていない大きな富士山を眺めながら道の駅「富士川」に寄ったりして、富士インターに着いたときは夕焼 けを背負った黒い富士山に変わっていた。
横浜インターで通行券と乗り継ぎ証明書を出すと料金が少し安かった。
帰りならのんびり旅もいいもんだ!

2004 2月号

そばツユに生ワサビとオロシガネがついてきた時に は美味しいと確信して いた。やっぱり期待した甲斐があった。
天城山房のそばは、以前テレビの番組で見ていたので寄り道をしたのは正 解だった。
あちこちの国道沿いに多く出来てきた“道の駅”は、地元の特産品や野菜 の売店があるのは多い。
伊豆松崎の“道の駅”「花の三聖苑」は天城山房と近くの大沢温泉から引 いた弱アルカリ性の「かじかの湯」があり、地元の人達は自宅の湯よりここに来ること が多いと聞いた。
温泉入口に桜の木があり少し咲いていた。露天風呂で地元の人達と話が弾 んだ。
「温泉の前にある桜は咲いていましたが寒桜ですか?」
「染井吉野だよ」
「もう咲いているのは暖かいのですね」
「狂い咲きだよ」
「え・・・・・」
「雨の日は咲かないけど晴れればいつも咲くよ」
「ほかの桜は咲かないのですか?」
「あの一本だけ狂い咲きするんだよ」
旅をすると地元の人達の話が聞けるし、美味しいものにも出会えて楽しい ことが多い。また出かけよう!

2004 <<新年号>>

朝日が出るのが待ち遠しかった。早起きをして屋上 の露天樽風呂の中で日の出を待っていた。風呂から出ると寒くなるし入っているとのぼせてくるし、東の空は明るくなってきて、紅い朝焼けがきれいなのに雲が 多く、お日様が出る場所をさがしているが雲が邪魔して出て来れないのだ。そんな雲にどいて!と頼んでもダメだった。
久しぶりの「伊豆半島一周ドライブ」の朝は日の出と出会うことが出来な かった。残念!
熱川、海辺の露天風呂「磯の湯」では溢れ出ている温泉と波のささやきの ハーモニーの中、伊豆七島の島影が遠くかすかに見えてのんびりできた。
爪木崎のスイセンはまだ早いのかあまり咲いていなくて葉も元気なく期待 外れだった。しかし天気が機嫌を直してくれたおかげで爪木崎灯台での見晴らしは素晴らしく、灯台の白と海の青さに酔いしれた。
西海岸からの富士山に会いたく車を走らせていたらコーヒーの看板を見つ け、小さな木造の店に寄った。思いがけないジャズのBGMとおいしいコーヒーは疲れを癒してくれた。
夕闇せまる駿河湾が黄金色に輝き、南アルプスの頂きは白く化粧されてい て、手前の山々は影絵のように黒く、時々雄大な富士山が現われ、楽しい旅の終わりが近くなってきた。


 

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