有馬靖彦の
クラリネット吹きのひとりごと  2002

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2002 12月号          

 大きな玉と正面衝突しそうになった途端に玉の下を潜り抜けて行った。ぶつからないと分かって いたが久しぶりにスリルを味わった。ディズニーシーの「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮」でのことだった。
 ディズニーシーを蒸気船で一周していると船着場の近くで食事をしている人達の中にタバコを吸ってい る人がいたので食事はそこですることにした。
 「喫煙席はどこですか」
 「喫煙席はございません」
 「えっ!さっき船の上から見たらタバコを吸っている人がいました     よ」
 「全席禁煙になっています」
 そうか隠れて吸っていたのだと思いつつ諦めた。
 ウォーターカーニバルの美しく飾られた船やボートの素早い動きに見とれたり、バンドとタップの掛け 合いやハーバーサイドのショーでは生バンドの演奏で歌あり踊りありで楽しめた。
 ビールを飲みながら食べたメキシコ料理のチキン・ファヒータの奇妙な辛い味付けは何だったのか今で も分からない。
 

2002 11月号          

 巨大なコンクリートの塊というか壁が横浜のマリンタワーより高いとは思わなかった。
 ダムの下から見上げると宮ヶ瀬ダムの壁の高さには驚かされ、貯水量も箱根の芦ノ湖と同じ位と聞いて なおびっくりした。
 車で走っていても芦ノ湖より大きいとは思えないし、津久井湖の水が少なくなると宮ヶ瀬湖から導水管 を通して水を流していると聞き、どこでつながっているかと思っていたらダムのすぐ下から津久井湖につながる水路があると聞きまたもや驚き!
 観光地としてはまだまだと思いつつ、同じ県内に住むでいても知らない所が多いと思い知らされた。
 毎週水曜日の11時と14時にはダムの観光放水もあると聞き、今度は水曜日に行こうと思う。
 地図を見ながら見て帰り道を探していたら宮ヶ瀬湖が無いのだ! え!え!え! 古い地図を見ている 自分にまたも驚き、時代は刻々と流れているのだ。
 今度は宮ヶ瀬湖のある地図を買うぞ。
 

2002 10月号

 桜エビのかき揚げが美味しかった。それは東名高速上りの富士川サービスエリアで食べた。
また食べたくなり家で作った桜エビのかき揚げは、エビが硬くまったく違った味がして美味しくなかっ た。
 見た目は同じに見えるのに、なぜか分からないままになっていた。
 由井海岸を通るとき、桜エビの看板をよく見るので、作り方
聞きたく由井のパークエリアでかき揚げソバを食べた。やっぱり美味しかった、これは作り方を聞くしか ない。
 「家で作ったらエビが硬くて美味しくなかったけど、何かコツがあるのですか」
 「どんなエビを使ったのですか」
 「干しエビです」
 「それでは硬くなりますよ、かき揚げは生の桜エビを使います」
 「生ですか、残念だな」
 「冷凍にしておいて解凍して使えますよ」
 やった! 生の桜エビが冷凍庫の中で出番を待っている。
 

2002 9月号

 夜の吹雪の中、山を登って疲れ果てた体を新雪の上で休めていたと言うか倒れ込んでいた。
 「雪洞をつくるか」
 「うん」
 五月の連休、秩父山地・雲取山(2017m)に雪が降るとは思ってもいなかった。高校生の頃、友人 と一泊登山に出掛け雪が降り出した。あまりひどくなりそうも無かったが、ついに吹雪になってしまったのだ。
 「おい、あっちに光ったみたいだ!」
 「ええ・・・!」
 目を凝らしてその方をどのくらい見ていただろうか。吹雪の中、木の枝の揺れる間から光が見えた。同 時に叫んだ!
 「明かりだ!」
 「山小屋じゃないか」
 今までの疲れは吹き飛び、歩き出していた。雲取の山小屋までは200m位だった。
 山小屋に辿り着いた感激は今でも忘れる事はない。大雪山系の黒岳に初雪のニュースを聞いて若気の至 りを思い出した。
 

2002 8月号

 刑務所跡のレストランで食べたロブスターの味は忘れられない。ただ茹でただけだが、新鮮な食 材は味付けなどいらない絶品だった。
 オーストラリア・タスマニア島南部のポートアーサーの監獄跡が見学でき、美しい海と庭園、そしてと てもここに囚人がいたとは思えないのどかな風情のレストランでのことだ。
 ポートアーサーはタスマニア州都のホバートから車で南へ2時間くらい走ったところにあり、風光明媚 な海が我々を迎えてくれた。
 第45回オーストラリア・ジャズ・コンベーションに招かれローンセストン市での演奏会も無事に終わ り、ホバートへの移動はレンタカーにして大成功だった。羊の群れや道端でハリネズミの超大型で丸くなっていたイキドナ、途中の動物園ではタスマニアン・デ ヴィル、ウォンバットやカモノハシに巡り会い、緑の草原、紺碧の空、青い海はまるで別世界だった。
 12年前なのにレコードのジャケットを見ていて昨日のように思い出した。
(この時のレコード「DIXIE JIVE AT SYDNEY with GRAEME BELL」DJ-113在庫あります。)
 

2002 7月号 

 日帰りで入浴できるところが駅周辺にあり、「夜まで入浴可能なのでコンサート終了後は温泉に 浸かってゆったりと過ごすというのはいかがですか・・・」とチラシに書かれた言葉にひかれギターとコントラバスのコンサートを聴きに鶴巻温泉に行った。
 デュオの演奏は生音ですばらしかった。特に「黒いオルフェ」のギターSolo、コントラバスの「ハ ンガリー舞曲第五番」など大いに楽しんだ。
 立ち寄り温泉を探していたら、すぐ「弘法の里湯」の案内板を見つけ行ってみた。同じ敷地内に宮永岳 彦記念美術館があり吸い込まれてしまった。油絵、ポスター、童画、挿絵、水墨画などが展示されていて、同じ作家が描いたのかと思うほど違う感じがしたが、 幅の広さに驚き、またどれもすばらしく感動した。
 音楽と絵画の余韻を残しながら温泉に浸かり、後のビールの味は格別だった。
 

2002  6月号

 青大将をジャイブ号で轢きそうになった。2メートルにゆうにあると思われる立派な蛇だ。小川 に入っていくのを見送り、また車を走らせた。あんな大きな蛇に出会ったのは何年ぶりだろう。
 昔、我が家の天井裏でネズミを取ってくれて、押入れの中でとぐろを巻いて住みついていた彼よりは大 きかった。まだ国道の脇道では自然がいっぱい残っていたのには嬉しかった。
 自然の恵みを例年になく食することができた。せり、筍、わらび、わさびの花・・・などだが、自分で 採ってきたのはフキだけだ。最近はノビルを見ることもなく何年も採れない。玉葱とノビルでもない、その中ぐらいの小玉葱といってもよい小さな白い玉と緑の 葉の「青玉」は栽培野菜だ。
 青玉が食べたくなり野辺山高原に出掛けたが、あいにく市場には入荷していなかった。この時期に食べ ないと来年まで食べられない青玉に未練があり、須玉から中央高速に入らず国道141号を走った。野菜市場をハシゴしたが何処にもなく、韮崎から中央高速で 帰ろうと思い最後の市場でついに発見(やった!)、買うことができた。
 青々とした葉は炒め物で、玉葱の子分みたいな小さい白い玉は「ぬた」にしての晩酌は格別だった。旬 の食材はいいな。
うれしい!うれしい!うれしい!
 

2002  5月号

 道路が通行止めになっていた。ゲートが閉まっているので諦めるしかない。草津から登ってきた アスファルトの道路は雪も無く乾いているのに、白根火山ロープウェイのゲートから先に行くことができず引き返すしかなかった。
 地獄谷温泉を通って湯田中温泉、そして信州を回るドライブプランが全部ダメになってしまったのだ。
 しかし「捨てる神あれば助ける神あり」とは良く言ったものだ。白根山の湯釜を見て信州へ行くのを諦 めて軽井沢へ行くことにして新しい発見が出来たのが今回の温泉ドライブの最大の収穫だった。
 美味しいコーヒーが飲みたくてキョロキョロしながら運転していたら、中軽井沢駅の手前で珈琲専門店 「マイアリー」の看板が目に入り立ち寄ると、小山敬三画伯の浅間山の絵画が壁に架かっていた。絵を見ながら美味しいコーヒーとピザトーストは絶品だった。
 思い通りにいかなくても楽しめるのは、アドリブをしながらアンサンブルをするデキシーランドジャズ みたいだ。
 草津温泉「白旗の湯」と絵画「浅間山」の出会いは気まま旅の醍醐味だった。
 

2002  4月号

 また、ソワソワが始まった。街の花屋さんが春の花で彩りされてくると、都心から離れ野山へド ライブに出掛けたくなる。
 山の木々に小さな若葉が芽生えてきて緑の微妙な色合いの違いは、絵画を見ているようで運転を楽しく させてくれる。
 特に春のこの時期は、山梨県の名産「桃」がピンクの花を満開にしてくれるし、所々に薄い緑が混ざり 合う風景はまるで美しいじゅうたんのようだ。中央高速の一宮付近はゆっくりと車を走らせたくなるが、追突されるのが怖いしそうもいかない。
 高速道路を出て一般道を走っていると、車を道端に止めて心行くまでゆっくりできる。最近は「道の 駅」もあちらこちらに出来て、その地方の名産品や名所を知ることができ、のんびり旅も良いもんだ。
 高速道路の速さの中で見る風景と、一般道で見る風景の違いは、速いテンポのスリルのある演奏とス ローな曲で味のある演奏のようにどちらも捨て難く、デキシーランドジャズのアンサンブルみたいだ。
 

2002 3月号

「萱野茶屋まで大人2枚」窓口の人がジロジロ見 ながら変な顔をして「帰りのバスはないよ」と言いキップを売ってくれないのだ。「バス停の周りには何もないよ、十和田湖行きも終わっているし、青森行きも ないし帰ってこれないな・・・雪が降るかもしれないし・・・」。心中志願者と間違われたと気付くのに時間はかからなかった。
「バス停で田代平温泉の人が車で待っています」。やっ とキップを手に入れ、がら空きのバスの中でおかしさが込み上げてきた。
 夜の風呂は誰もいなく貸し切りみたいだった。朝早く 坂道を下ること10分位で河原の露天風呂に着いた。朝霧が周りの風景を墨絵のように変えてくれたのは、何とも云えぬ風情があり都会の雑踏を忘れさせてくれ た。
 源泉七ヶ所温度52度の看板に偽りはなかった。ご主 人があと1週間もすれば戸締りをして、山を下りて里で家族と過ごし、春に雪降ろしに来ると聞き、変な顔をした青森のキップ売りの顔を思い出していた。

2002 2月号

「1997 00 00」と表示されて動くのをやめ4年間も行動を共にしたケイタイ電話が別れを告げたのだった。
  保証金を預けて半年待ってやっと手に入れた1号機はアナログで長いこと便利に付き合っていたが、ある日突然デジタルになるので、使えなくなりますと言わ れ、2号機に変えた。その時はデータがそのまま生かされ簡単に機種変更できた。しかし、今回はデータも消えケイタイの形をしただけの小さな箱に化けてし まった。
 新しいケイタイは多彩な機能が付いていて なかなか手ごわい相手だ。まだ100以上入れてあった電話番号も入れ終わっていないのに誘惑に負けてEメールなるものに手を出してしまった。
 返信の途中で相手にメールが行ってしまっ たり、エラーメールNGユーザーが見付かりません、等々ケイタイに振り回されている。取扱説明書を見ながら3行のメールを送るのに30分もかかってやっと できた。まだまだ色々な機能が満載のケイタイとの戦いに勝利はあるのだろうか機械音痴は心配になってきた。

2002 新春号

「ほったらかし温泉」名は体を表していた。今は至れり 尽くせりの温泉が多いのに、入口に只一人いただけで、ほったらかしそのものだった。
 甲府盆地の北東の小さな山の頂きに、ぬる湯と熱めの露天風 呂、そして露天岩風呂と内湯があるだけの日帰り温泉施設だが、そこから見える景色は素晴らしい。
 良く晴れた日は小さな山々の後ろでドーンと座っている霊峰 富士、その右には南アルプスが俺はここにいるぞ!と言っているようだ。
 夕闇が迫り西の山並みに日が落ちていくと、眼下の街明かり が生き生きと我ここにありと輝きだし、中央高速を走る車の動く明かりと街の止まった明かりのハーモニーが温泉をより楽しくしてくれた。
 美しい景色の変化、太陽の動き、街明かりの輝き、月明かり に照らされた幻想的な世界などは、温泉に浸りながらデキシーランドジャズのアンサンブルを聞いているようだ。
また行こう!


 

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